(さなだ のぶつな)
幸隆の嫡男で,昌輝とともに武田晴信に仕えます。
1574年に父が病没すると真田家を家督しますが,直後の1575年に長篠の戦いで,昌輝とともに討ち死にしています。
墓所は真田郷の信綱寺にあり,合戦後に信綱の首級が陣羽織に包まれた寺に届けられ供養されたそうです。

(さなだ まさてる)
幸隆の次男で,兄・信綱とともに武田晴信に仕えます。1569年には小田原攻めの際に北条氏照の軍を撃破するなど戦功を挙げますが,1575年長篠の戦いで兄・信綱とともに討ち死にします。
これにより,真田家は三男・昌幸が家督します。